早川寿美子 園長便り

クリスマスの星

2018年12月3日発行「おたより」第509号より

  ラジオ深夜便から、星の話が聞こえてきました。少年時代から星に興味を持って、もっと遠い星を見たいと願い、望遠鏡の開発をしてきた、という科学者の方のお話のようでした。彼はやがて同じように星を見るのが好きな少年との交流もあり、その少年が新しい星を発見したことや、星の仲間たちとの交流を語る少年のような語り口に、私もすっかり目が覚めて最後まで聞いていました。  私が「保母」養成学校で勉強していた時代、恩師と仰ぐ本当にすばらしい先生が多かったのですが、その中に星のことを目を輝かせて話してくださるM先生という方がいらっしゃいました。以前は東京天文台で働き、退職後は大学で教えている方でした。M先生は私の好きだった星座の物語をたくさん著した野尻抱影氏の星の物語を織り交ぜながら、「科学」の講義をしてくださいました。また、当時渋谷にあったプラネタリウムに私たちを連れて行ってくださり、そこで天文台の若い人々と共に星座の話をしてくださったこともありました。私は卒業してからも、季節ごとにプラネタリウムへ何度か通いました。  深夜便の話は、そのような「星座」の神話に通じる憧れや、「自然」に対する感性というのか、科学者の話というよりも学生の頃に受けたM先生の授業が思い出されるものでした。久しぶりにM先生を思い出しました。クリスマスが近づくイエスの誕生の頃の「不思議な星」について、少し厳密にいうとズレがあるけど、こんな星の出現があったんだよ、とうれしそうに講義された先生の笑顔を思い出します。そして、幼い人に接する者としての心構えとでもいうような、命へ真摯に向き合う専門家としての立場と、命そのものである幼い人への感受性について考えさせられた、保母の修行時代を思い巡らせる時間でした。  ラジオでの話の最後に彼が言われたことに私も同感し、考えさせられました。多くの子どもたちに、将来どんな人になりたいかを聞くと、多くの子が人の役に立てるような人になりたいと答える。それはすばらしいことなのだけれど、そのためにどのような方法、何をしなければならないか、が十分に考えられていないのではないか。基礎的な学びというのでしょうか、周辺の学びや地道な努力などから導かれていくもの…。今とても気になることであり、共感した言葉でした。  今、クリスマスの降誕劇(ページェント)を私も子どもたちとやっています。私と年長児たちと10回ほど一緒にやって劇を作っていきます。博士たちが星を訪ねて長い年月を旅していく、世間的に貧しい羊飼いたちもまた、神の子の顔を直接見たいと歩き出す。その物語を、今年も子どもたちと共に作っていきたいと思います。

10月は懐かしい出会いの月

2018年11月1日発行「おたより」第508号より

 10月は運動会や秋まつりがあり、子どもたちにはうれしい行事が続きました。皆様にはご協力いただき感謝申し上げます。
 運動会のやしのみ取りは、毎年卒園児も楽しみにしてくれていますが、保育園設立当初と比べ、現代は子どもたちの環境も変化し、約10メートルの高さの竹をほとんどの子が登った40年前とは随分違ってきました。そのような背景もあって、この種目そのものが危険ではないか、と心配する声もいただきました。
 一方で、今年から竹の入手が難しいかもしれないとお伝えしたところ、保護者の皆様から伝統の「やしのみ取り」が続けられるようにと、竹の入手方法についてのアドバイスを多数いただきました。おかげさまで無事に竹が入手でき、竹のぼりもできて、子どもたちの頑張りに、親も子も感動と勇気をもらった、という声もたくさんでした。そして、ツルツルした竹を登ることが危険だと心配されていたお父さんも竹を持って支えて下さり、お子さんが選手になりたいと頑張り始めた時はご両親でその頑張りを認め、支えてくださったのはありがたく、本当にうれしいことでした。このようなご両親の支えは、子どもの成長にとってどれほど大きな力となることかと、つくづく思ったことでした。
 今年も竹のぼりでは、下のライン(高さ6メートル)まで届かなかった子は、何人かいました。けれども例年、年長のときには8メートルまで届かずに選手になれなかったけれど、小学生になってから頑張る子がいます。すごいことです。6年生まではチャレンジできるので、再びチャレンジしてくれることを願いながら、今年も運動会を終えました。
 今年は続いて、秋まつりがありました。秋まつりには、毎年たくさんの卒園児も来てくれます。中学生、高校生は手伝いもしてくれます。
 その中で、随分昔の卒園児ですが、2人の姉妹が久しぶりに来てくれました。2人共、自分にそっくりな赤ちゃんを連れていました(彼女たちもお母さんにそっくりでした)。子ども時代を思い出しながら、いろいろおしゃべりする中で、とても感動する話を聞きました。
 社宅を出て、彼女たちの家を新しく建てることになった時のこと(彼女たちは5人姉妹で、4人がしおんに通いました)。「今度建てる家はしおんのような家にして、と妹が言ったんです。広い廊下でみんなと好きなことをして遊べたのが楽しかったって…」。「しおんのような家」――本当にうれしい言葉でした。長い時間を過ごす場所は「わが家にいるような保育園」でありたい、と私は常に思っていたからです。(ちなみに彼女たちの新しい家がしおんに似ていたのは、プライベートルームがなく、いつも家族がごちゃっと一緒だったとか…)
 子どもたちが在園中だけでなく、卒園してからもこうして喜びを届けてくれること、心からありがたいと思った日でした。

モーレツ台風の夜に思ったこと

2018年10月1日発行「おたより」第507号より

 夜中、台所にある犬のルビーの小屋から鳴き声が…。庭の木がうなり、普段は聞こえないさまざまな音がする。嵐におびえているのです。仕方がないのでブルブル震えている彼女をしばらく抱っこしていました。部屋から孫が顔を出し、自分の部屋で一緒に寝てくれることになりました。
 ラジオやテレビで最近「モーレツな」〇〇という表現を使った予報をよく聞きます。「予想を超えた〇〇」という自然災害も、いまや日常化しているのではないかとも思えます。こう毎日のように「予想を超えた」ことが起こると聞くと、オオカミ少年じゃないけれど、それが本当にわが身に起きるまでは「モーレツ」という言葉も日常化してしまうのではないかとさえ思います。
 夏に起きた北海道の地震は、皆様から「地震は大丈夫でしたか?」と心配していただきました。毎夏、学園の皆さんと一緒に過ごしている望来荘も、友人たちも、親戚たちも大丈夫のようでした。
 札幌周辺は地震がないところで、私の子ども時代は地震の体験がなく、東京に来て小さな地震でパニックになったほどでした。免疫の少ない地元の人々は大変だったと思います。
 この地震で火力発電所が稼働できず、電力不足で大変だったということですが、私はこの震災地が道内唯一の原子力発電所を外れて本当によかったと思いました。
 自然への畏怖をもって自然と共に生きてきた先人たちの知恵と思いを、改めて考える時なのかもしれないとも思います。
 夏の初め、富良野に行きました。北海道に住んで森の再生を願い、活動している倉本聰さんの「自然塾」森づくりの体験に参加しようと思ったのでしたが、やはり大雨で全部のプログラムを体験できませんでした。そのとき、倉本氏の点描画集をいただいてきました。その中の詩をひとつご紹介します。

川は木の根に酷似している
山から水を集め
 大地をうるおす
木の根は大地から水を吸い
 葉をしげらせて
 水を天にもどす
(『森のささやきが聞こえますか』 循環 2017)


卒園児合宿

2018年9月3日発行「おたより」第506号より

 先日、滝山と下里の両保育園合同で、卒園児合宿を南畑牧場でしました。滝山の卒園児のお父さん2人が参加して下さり、彼らは本当に大活躍でした。聞いてみると、彼らは家族でこの場所を何度か利用して下さっているとのこと。いろいろなお話も出来て、2園合同で共に南畑を育てていこうというような話が、これからももっと出来るといいなと思いました。
 下里の卒園児は昨年に引き続き、関西に引っ越して行った子が、新幹線でやってきて参加してくれました。その子を引き受けてくださった昔の同期生のご家族があったので実現したのですが、ありがたいことです。来年も集まろうね、と言い合って、一泊の合宿は終わりました。
 それにしても70名を超える子どもたちをドラム缶風呂に入れてくださったお父さん方の力、食事や遊びを見守ってくださった下里のお母さん方、大雨の中、それさえも楽しみに変えてしまう子どもたちの力強さを感じました。自然が彼らのそんな力を引き出すのだとも思いました。社会全体が子どもを「安全」の名のもとでしばっているのではないか、そのような中で、本来子どもが持っている力が十分に引き出せず、育つ機会がどれだけ失われているかを考えさせられもした合宿でした。
 雨が降ったり止んだりしている内、テントの始末など帰り支度をしている時、お父さんの一人が「この本読まれましたか?」とおっしゃって、一冊の分厚い本を見せてくださいました。『教育をどうする』(1997年発行)という岩波書店編のものでした。パラパラめくってみて驚いたのは、300人以上のさまざまな方々、研究者、政治家、実業家等、実に立場も世代も違う人々が語っていること。何しろ大変な分量で、まだ全部を読んでいませんが、うなずくことの多い提言でした。
 それにしても…、この本が出版されて20年経っているのに、この提言に語られる現状がますます増大している状況。教育改革!と言われれば言われるほど、迷走している現在を考えざるを得ませんでした。
 卒園児の父母とも話し合うきっかけができた合宿でした。もっといろいろな方々とも話せるといいな、と思いました。子どもたちも年齢の違う「卒園児同志」、自然の中で共に過ごした時間が互いに励ましの一つになるように、また、自分自身を信じることのできるきっかけになれば、と願いつつ過ごした2日間でした。


小さな森から

2018年8月1日発行「おたより」第505号より

 東京などの異常な暑さが報じられている今、学園の成人メンバーたちと一緒に、北海道へ今年も来ています。最近は北国の海にも異常が起こり、北の海には来ないような魚が来たりして、異変が起こっていることを漁師さんたちは感じているようです。また、先月までの大雨による川の氾濫で、小さな山崩れもあちこちに起きていました。
 北海道では、札幌にますます人が集中しているようです。私共が来ている海の町・望来も、過疎に悩んでいます。小・中学校が廃校になり、統合されたりしているようです。札幌駅から車でほんの数時間程だというのに……。
 この別荘地はおもに、札幌市内に住んでいる人が都会を離れて日曜大工や畑仕事を楽しんだりして、のんびり過ごしたいという人が来られているようで、リタイヤした人のセカンドハウスとも言えるでしょう。
 おかげで学園のメンバーたちがにぎやかにしていても、穏やかに迎えてくださる方が多いのは、大変ありがたいですし、週末農家で採れた野菜を一人では食べられないからといただくことも多くなりました。
 それにしても保育園からの連絡や、ラジオのニュースでの「異常な」暑さは、いったいどうしたことでしょう。子どもの歌に『地球の病気』という歌がありましたが、本当にそうではないかと思ったりします。それも重症になってきているのではないかしら…と。
 昨日、世界のゆりを集めているという大きな公園に行きました。広々として気持ちのよい、北海道らしい所でした。ハルニレや白樺などが本当に美しく、明るい芝生と小さな森や林が広がっています。芝生には小さなテントを持ってきてくつろいでいる人たちもいて、緩やかな時間が流れていました。
 私たちもボール遊びなどをして木陰で寝転んだり、ひんやりした風を楽しんだりして気持ちのよい時間を過ごしました。木のある所がこんなにひんやりと涼しく気持ちのよい場所だと、改めて実感しました。空調の涼しさとは全く違うさわやかさです。まさに生きものにとってなくてはならない水と空気のありがたさを、森がこれほど与えてくれているという実感と言えましょう。この公園のすぐそばには、高速道路と小さな空港がありますが、この森と花たちはそのような中で自然の恵みを知らせてくれていました。
 世界的な規模で急速に森が失われていると言われます。小さな森でも、私たちの身近に在ることの大切さを思いました。


働くこと

2018年7月2日発行「おたより」第504号より

 「働きすぎ」にどう歯止めをかけるかについて、よく耳にする時代です。早く仕事を終えて家に帰るための試みが、飲み屋やレストランの景気づけ対策のように感じるのは私だけでしょうか。
 ある国では、子どもが乳児の時期は男女ともに育休を取ることが保証され、取らなければ罰則がある、というのを聞いたような気がします。誰が育児をするかではなく、子どもが社会を構成する一員として共に生活するとともに、充実した仕事と両方が必要であり、家族を大切にして働くことが楽しく思える人生は、本当に豊かなものだと思うのです。やりたいことを若いうちから見つけられることの重要性を、今一度、大人たちは考えなければならないのかと思います。諸先輩方から、戦前戦後の話をよく聞きました。「仕事」も時代によって随分違っているようです。
 でも、戦争が終わって身も心もボロボロになった青年たちが、他者のために生きることで自分も生きられた、というような話は、ついこの間のような気がします。お金のためだけではなく、生きる意味としての労働という価値観が「普通」でもないようです。いろいろな反対を押し切って、「ギャンブル」を政策として取り入れようとするような議論を聞くにつれ、青年たちにとって現代の「生きる価値」とは何だろう、と思ってしまうのです。
 戦後多くの「浮浪児」や、戦後の混乱から「あいのこ」と呼ばれた街に放置されたハーフの子どもたちを育てた養護施設は、国の援助もほとんどなく、大変な苦労をしていました。昨年亡くなった恩師であり、我が園の理事長でもあった故大谷先生は、日曜日に教会へ1カ月に一度でいいので時間をください、と言ったら、「お母さんは365日休みはないのよ、と言われた」と笑っていらっしゃいました。その施設もクリスチャンの方々が設立して働いていたのですから、互いに気持ちはわかっていたはずですが、状況がそれを許さなかったのです。先生の夫君は、そのような中、競馬だったか公営のギャンブルというべきところからの寄付を断りました。多額の寄付で、それこそ喉から手が出るほど必要だったことでしょう。けれども、「ここに来ている子の多くに、親の競馬・競輪などのギャンブルで家庭を失った子がいます。そういうところからの寄付は受けません」と言われたとか…。時代という気もしますが、私はその話を大切にしたいと思います。
 ゲームをしきりにやっている高校生の孫に、「ゆっくり本を読んだり、考えたりする時間が大切な時じゃない?」とつい言ったりします。孫は「わかってる!」と言ったきり、あとは無視。でもその後、風邪気味だから寝るね、と言って、早く寝室に行った夜、目が覚めたら枕元に水が入ったコップが…。ゲームをしても心は育っていると思っていいのかなと、子どもたち、青年たちに期待したいな、と思ったりした日でした。


花の日

2018年6月1日発行「おたより」第503号より

 先日、卒園児のYちゃんから手紙が来ました。とてもきれいな文字とかわいい封筒に、おっとりしているけどしっかりした園児時代の彼女が、そのかわいらしい笑顔と共に思い出されました。
 手紙の内容は、卒園児たちが中学卒業の報告に来てくれた日のことについてでした。友だちが高校生になったことを保育園に報告に行く時に一緒に行けなかった、けれど、自分でちゃんとそれを伝えたいので手紙にした、と近況を伝えてくれたのです。手紙のお手本にしたいような品格のある文章でした。今年、カナダに一年間の留学をする予定とありました。きっとたくさんのすばらしい出会いと学びをされることでしょう。帰って来た彼女に、次はぜひ会いたいものです。
 園長室から眺める庭もますます緑が濃くなり、今が一番美しいとしみじみ思います。でも、考えてみると最近どの季節も「ああ、今が一番美しい」と思うことが多いなと、ふと思いました。子どもたちも、赤ちゃんの時から、学童期、少年少女時代……と、「今が」一番美しいと思うことが多くなりました。Yちゃんに、来園した新高校生たちと一緒に撮った写真を送りながら、またそれを思いました。今が一番輝いているYちゃん……と。
 南畑遠足はいかがでしたか。春の陽ざしの中でやはり、子どもたちは輝いていましたね。この場所が、子どもたちと共に「いつも美しく輝いている場所でありますように」と願いながら、私も遠足を楽しみました。
 今日は「花の日」です。子どもたちが、いろいろな方にお花を届けに行っています。子どもたちがお届けする花のように、多くの方々に豊かな愛と信頼、そして希望の光の使者でありますように、と祈ります。


みどりの庭園

2018年5月7日発行「おたより」第502号より

 庭の緑が急な暑さで、新緑から一気に色濃く、うっそうとしてきました。
 5月の札幌はゴールデンウイークに梅と桜が一気に咲き、幼いころの我が家の庭の陽当たりでは次々に花たちが顔を出します。一番手の福寿草の次は、クロッカスやヒアシンスが顔を出し、そのあと次々と秋までいろいろな花が咲いていました。
 友だちと紫色のオダマキを見ながら、名前の由来は知らないけれど、もっとかわいい名前がいいのに、と2人でかわいい名前を考えたりしました。また、コケコッコ花と言われている庭木の花びらを鶏のとさかのように額につけて、互いにおもしろがって笑い合ったり、なぜか庭の隅に生えていた暗い紫色のカブト形だというトリカブトが何か異様に思え、やはり猛毒を持った悪魔の花だ、などと話したりしていたことを思い出します。塀がない家が多い北海道では、友だちと学校から帰る道すがら、庭に咲いていたつつじの花びらをつまんで蜜を吸いながら歩いたこともあります。今の子はそんなこともあまりしないし、もししたら叱られることもあるかもしれません。自分の家の庭先に、どんな花がいつ咲くのか、子どもたちは生活の中で知らされていたような気がします。
 春の朝庭に出て、春一番に咲くはずの場所で花のつぼみを見つけた時の幸せな気持ちをもたせてくれた我が家の庭のことを思い出していたら、ラジオで旭川の上野ファームのことが紹介されていました。上野さんという女性のガーデナーのファームは、宿根草が自然に次々と季節の花を咲かせているのが特徴だというのです。また、鶏や七面鳥なども放たれており、子どもたちが庭の中で動物との出会いを楽しんでいるとのこと。今はエゾエンゴサクがブルーのグラデーションで丘を彩っているとか。こちらでは見られないエンゴサクの集落が目に浮かぶ。いろいろな花や木々が自分の咲きたいところで毎年決まった季節に咲く。しかも、小動物が園内を自由に遊んでいる姿を想像すると、本当にうれしくなりました。昔の我が家の狭い庭では、猫と犬だけだったけれど……。
 南畑牧場も子どもたちと動物と自由に遊べる、みどりの庭園になってほしいと思う。上野ガーデンに行ってみたくなりました。


豊かさについて

2018年4月16日発行「おたより」第501号より

  ふと目覚めて、ラジオ深夜便を聞くともなく聞いていると、生命科学者のY氏が話している声が聞こえて来ました。今まで対談やエッセイのようなものを読んで興味はあったものの、お声を聞いたことはなく、優しい口調に心惹かれ聞き入っていました。途中からだったこともあり一部だけでしたが、興味深いお話でした。
 38億年前に誕生したひとつの生命が現代まで続いているという生命の歴史を聞いているうち、私は祖母の口癖を思い出していました。「先祖からもらった身体を粗末にしない」「畜生は口がきけないのだから気をつけてやらなければいけない」とよく言われたものでした。つまり、「自分を大切にすること」、「犬や猫は、ペットではなく家畜(番犬、ネズミを捕る)としての役割があること、言葉を持たないのでよく注意して世話をしろ」ということ。その言葉を思い出したのです。
  生命誌の研究者の立場で話されている時に、祖母の言葉がふと浮かんだのは不思議ですが、その優しい語り口にもあったのでしょうか。ひとつの生命が地球上の環境に適応し、変化し続けている、生命の豊かさについて考えている時、突然、氏の「排除」という嫌な言葉が耳に入りました。国、民族、社会、地球上の生命の関わりを断ち切って貧しくしていく力、異質なもの同士が交わり関わる中で得られてきた豊かさが、排除という言葉で貧しく脆弱となっていくイメージ、祖母の言葉の反対の世界です。
  孫に、昔はばあばの家の犬は首輪も付けてなかったと言ったら、「ウソー」と驚いていました。つながれていたら渋谷のハチ公は存在しなかったでしょと、犬と飼い主との関係についてしゃべっていたら、何というか憐れむような(?)目つきで見て、立って行ってしまったことを思い出します。大人は大人の、子どもは子どもの、そして動物は動物の自由、自分らしさを今より持っていた時代は貧しかったのでしょうか…。ふとそんなことを考えた朝でした。
  今年度は再び、まど・みちおさんの詩を共に味わっていきたいと思って「育児日記」を作りました。ぞうさんのお鼻が長いのは、違うから魅力的で誇らしいという世界、豊かな世界ではないでしょうか。まどさんの「ぞうさん」の歌から「まどさん」をより本質的に深く理解していこうとされている詩人「さっちゃん」でよく知られている阪田寛夫氏の案内で、深くて豊かな世界を子どもと共に味わっていきたいと思っています。


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